iDoRuGiの小説黙示録

オリジナル小説を作成中につき、興味があったら気軽に見て欲しいのである!!

2.秘かに囁かれる噂

当時。一部の内容が公にされず、造られた内容で出回った事件がある。

遺族が語った内容は世間には受け入れられず、奇異の目で見られたようだ。

それもそのはず、幾人かの人間が生身のまま廃人と化したと言う事件だ。
聞いた限り可笑しな事件だと思うのだが、内容はゾッとするものだ。なんせ、
つい先日まで笑っていた人達がなんの兆候もなく、人形の様に呆然となるのだ。
刻々と弱っていき、目を離せば生きているのか死んでいるのか解らなくなるほどに無感情になると言う。

 

何かの事件に巻き込まれたのなら情緒不安定や発狂やらでも可笑しくはないのだが、
皆一様に肉体から自我、精神、心がすっぽりと消えたかの様な人形へと成り果てる。
心臓の鼓動も生前の惰性で行われているかの様に弱まって大抵は死に至る。 

唯一、その事件に巻き込まれたと思われるが、
僅かに正常だった彼女の話が世間に出回ったのだが……。
余りの内容にその熱は長く続かなかった。

 

彼女自身に聞けば答えたそうだが、
世間では世迷言として異常者の扱いを受けたそうだ。
その当時のマイナーなゴシップ記事にだけ都市伝説として、それは掲載されていた。

 

~とある被害者達の記録【都市伝説誕生】OL女性のゴシップ記事~

 残業終わりで夜中に一人で帰宅していた所に不快な視線を感じた。
静かな夜闇にザリザリと遠くから音を殺そうとして消しきれない足音が聞こえてくる。

しかも、気持ちの高ぶりを隠し切れないのか、
「ハァ……フゥ……」等の鼻息が微かに聞こえてくる。

鳥肌を超えて、肌が更に粟立つ。

憎悪を感じ始めていると足音や息使いが近づいてくる、
頭では逃げ出したいのに体が動かなかった。

まるで見えない何かに縛られているかの様に、
力は入るがそれ以上の拘束力で押さえつけられている感覚が体を襲う、
声を上げようと叫んだはずが口に手でも当てられているかの様に声が口内で篭る。

得も言われぬ恐怖がその身を包む。

その瞬間、突如として鈍い破裂音が上方にて響いた。
何かに潰された様に街灯が切れ明かりが消えた。

 

ンフフッフッフッフ、こんな夜道に一人歩きとはアブナイネェ……ギュフフ

 

(いや!? 何、やめて――)

この時、彼女は性的なものを想像して嫌悪していたが……

 

「そんなに喜んでくれるなんてこちらとしても大変やりがいがありますね、はい。
しかし、残念ですねぇ……こんなに美しい瞬間が一度きりしかないなんてねぇ、
この世はとても残酷ですね。貴女もそう思うでしょう?」

 

ゾワリと肌を舐める感覚が体を貫く。
振り向くことすらできない中で、
左に右に目を向けるとそこにはニタリと笑った顔があった。
そんな顔を張り付けた様な男がこちらを舐めまわすように見つめていた。

最初に感じていた嫌悪が恐怖に変わり、
思考が追い付かず遂にはパニックになり絶望感に苛まれる。

 

「おや? もしかして、こちらの意図を履き違えておりましたかねぇ……
こちらは別に貴女の身体に興味はないのですよ、はい。
憎悪、嫌悪、拒絶、恐怖、恥辱、狂気、そして絶望。

この感情の頂点での極る瞬間の煌きがこちらは好きなのですよぉ」

 

この言葉が彼女のパニックに拍車をかける。

 

「しかしですね、先程も語りましたが残念なことに絶望を迎えた後、
人はもう壊れてしまうだけなのですよねぇ。ですから、貴女にはそう簡単に壊れないで少しでも長く感情の発露を見せてほしいですねぇ、はい」

 

「ひ……い、やぁ……」

 

「ンフフフ。あまりの衝撃に声にもならないようですねぇ。あぁー。
因みにですねぇ。こちら対象の行動を阻害することができましてね、
抵抗できないはずです。実際、動けないでしょう?」

 

「!!……くっ……」

 

「おやおや、何を言っているんだという顔ですね? わかります、わかります……
超常現象、特殊能力、そんなものはこの世に無いと仰いたいのでしょう。 
愚かですねぇ、ですがそれも仕方ありません。なんせ、
この世は平和で塗りつぶされているのですから。
人は、自身の目で見た者しか信じられない、
そのくせに自身で見た都合の悪い現実からは目を逸らす。なんとも愚かな仕様ですね。
人間が一生で知る事ができる内容なんて、この世界の理を100とすれば
僅か1にも満たないと言うのに…… なぜ、否定できるのか。
こちらからすれば甚だ疑問なのですよねぇ。 ……貴女はどの様に御思いですか?」

 

彼女は漢が話している間、話の内容など欠片も聞きとどめていなかった。
彼女の中では、どのようにしてこの状況から逃れられるか。
その一点のみに思考が割かれていた。
その思考を知ってか知らずか、漢が唐突に問いかけてくる。


「……あぁ。 気が利かなくて、すいませんねぇ……、 
口を塞いでいては悲鳴は聞けないですね。
さぁ、喋れますので貴女の意見をお伺いしますよ、はい」

 

唐突に訪れたチャンス、彼女はその瞬間を逃すまいと心からの願いを声に乗せて叫ぶ。

 

「誰か!! 誰でもいいから助けてください。
お願いします!!
 誰かぁ……」

 

彼女の叫びなど無かったかの様に、辺りを再び静寂が包み込む。
暗闇の中でも視界の端に映る漢の顔がにちゃりとより一層、その笑みを深くする。

 

「ンフフフ、愚かですね。
こちらが何もせずに貴女にチャンスを与えると御思いか?
舐められたものですねぇ、はい。
ですが、対応としては花丸をあげたい位にだぁ~い正解でぇす。
今、貴女。これはチャンスだと思ったでしょう? 
希望を抱いたでしょう? 普通に考えてみてください。
こんな道の真ん中にこちらと貴女しか居なくて、
人ひとり通らずに車の音もしないなんてありえないと思いませんか?
こちらと貴女、出会って既に幾何かの時間が経過しているのですよ? ンフフフフ」

 

その言葉を聞き彼女の希望は粉々に打ち砕かれた。

 

「ここら辺の周囲に人払いをしているのです、はい。
誰も疑問すら抱かずこの道には入ってこれませんよ?
皆が皆遠回りでもして避けていくのです。貴女の全身全霊の叫びは虚空に消え、
助け等来ない。なぜ、それを最初に言わないのか、どうして最初に口を塞いだのか、
疑問でしょう? 簡単なことです。
何も知らない貴女は一瞬でも希望を抱いたでしょう?
助けを求めれば誰か来るかもと…… その希望が芽吹いた上でにじり潰す。
その瞬間のより深い絶望がとても輝かしいのです。
よくあるでしょう? パンドラの箱のお話。
あれは絶望の中に一欠片の希望が入っていたそうですね絶望をより濃くするためにぃ」

 

この時、彼女の思考は意識の底に沈み、
いっそ発狂でもした方が楽なのではと思ったが時が経てば経つほど、
その思考は冷静に自分の未来を鮮明に映し出していたという。そして、
同時に彼女の中の希望が消えていくのと同時に感じた事の無い感情に包まれる。

それを見ていた漢が小躍りでもするかのように喜びに満ちていた。


「ハァ……、 ハァ……、 良い、良いです。ンフンフフフフ……
あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!
素晴らしい、お手本の様な絶望の発露。
ぬるま湯で育った凡愚では味わう事等無い初めての感情ですね、良かったですね。
貴女は他の人間よりほんの少し優れた感情を知りその人生を終えられるのです。
これから、更なる絶望の数々を教えて差し上げましょうねぇ…… 
アフ、ンフ、ギュフフ……」

 

得体のしれないチカラにより体の自由が利かないままに、
漢の方へと引き寄せられている。

このまま何処に連れられてしまうのか、
何故自分なのか、どうして誰も来てくれないのか。

本当にこの世界に得体のしれない何かが存在しているのだろうか。
であれば、あの漢は本当に人間なのかさえ疑わしい。
幽霊や妖怪なんて信じてはいないし、
その辺の区別はできるだけの大人であるのは間違いない。しかし、
あの漢の言葉を聞いていたら解らなくなってくる。
もしかしたら本当にそんな得体のしれないものが居るのかもしれない。

そんなものが本当に居るとしたら、
そんなバケモノに捕まってしまったのなら自分は如何なってしまうのだろうか?

想像の及ばないが故の恐怖、次第に彼女の中で何かが芽生える。
その何かが徐々に彼女を蝕んでいく、云い得ぬ感情と絶望の片鱗が混ざり合う。

 

人、これを【混沌】と言う。

 

……助けて……

 

その言葉が誰に届くとも思えない程の小さな言葉。

混沌たる感情に彼女の自我も巻き込まれてゆく、
そんな中でも混沌より逃れるかの如く飛び散った感情の破片。

言わば粉々になった希望の粒の最後の一つが体から散っていったかの様な、
儚く虚空に消えるであろう『コトバ』

絶望に沈む彼女を漢が興奮気味に見入っている中、
彼女の自我はその絶望に囚われ混沌に飲まれようとしていた。

その刹那。

自然に出たそのコトバを優しく暖かな温もりが包み込んだ、
コトバが誰かに届くき優しく受け止められる感覚。

気のせいかもしれない。

あの漢がまた、何かしたのかもしれない。
信じると言うことに恐怖が纏わりつく、縋るべきではないと頭では解っている。
しかし、心が安寧を求めて勝手にその温もりを受け入れてしまいそうになる。

無様に抗えば漢をより喜ばせるのだろう。
意識の何処かでは抗いたいのに、疾うに抗う気力など残って無い。

僅かの葛藤も無かったかの様に安らぐ温もりが心に沁みわたる。
その温もりが漢のチカラの影響なのかと思えば、
より一層深く黒い混沌の渦に飲まれ、消えて無くなりたくなる。

希望を失いつつ、彼女は次第にその心が悲鳴を上げて砕けてしまいそうになる。

 

「ンップンギュッファ!!」

 

突如として、視界の端でグチャグチャに笑っていた漢が奇怪な呻きを漏らしながら
後方へ吹き飛んでいった。

混沌の中から困惑と驚愕の感情が鬩ぎ合い一時の停滞を生む、
ギリギリだった心に若干の余裕が生じる。

混沌の淵に足掛けていた彼女であったが、
優しく暖かな温もりが彼女の意識を強く引き寄せた。