iDoRuGiの小説黙示録

オリジナル小説を作成中につき、興味があったら気軽に見て欲しいのである!!

4.豚紛いの噂に黒染めの噂、その真相を書き連ねしは好奇心

ある、研究員の著書。

report‐No.●【夜王(仮称)の存在】前編

私は、知人の頼みによりとある事件の全容の糸口を探ってほしいとお願いされた。
勿論、最初は断った。僕は調査員であって警察でも探偵でもないと。
しかし、彼女が言った一言で興味を持った。
今では彼女に感謝している、
このレポートを記している時は少し興奮している為に後程修正しようと思う。

なぜ、これほどに興奮しているのかと言えば他でもない。
研究員として踏み込めなかったあちら側の事情を間近で知る事ができたからだ。

僕が依頼された事件というのが「多者連続精神及び生命衰退死亡事件」についてだ。

事件が騒がれて調査が続いていた様だが、余りにも進展がなく手掛かりすら掴めなかったことから政府は一時「それらしい事実」で世間に公表し。
案の定、デマだ何だと叩かれ役職の何人かが責任を取り話が有耶無耶になり、
それと同時期に被害者も減りつつあった。
そして、その知人がどうしても拭いきれぬ一つの糸口があると言って持ってきたのがこの事件の裏に隠された唯一つの手掛かり。

 

裏道へ続く大通りの監視カメラの映像

 

一見、
大勢の人が行き来しているだけで何もおかしなものは映っていない平和な一コマ。

僕も指摘されるまで何も不思議に思わなかった、
訳2~3時間の映像を早送りで見続ける。
何度も見た、コマ送りも通常再生も見れば見る程普通の映像でしかない。
何日かかけて見たが結局は違和感に気づけなかったので、恥を承知で知人に聞いた。
そしたら、彼女はこう答えた。

 

「それは、そうでしょうね。恐らく何百何万の人に見せたところで何も気づかないわ
私が、気付いたのだって恐らく偶然でしか無いのだもの」

「ここ、この時間。私がいつも帰宅の時に帰る道よ」

 

「あぁ、ここに映っているのは君か」

 

「そう、それでこれを見て」

そう言って、彼女は小さいが詳細が記載されている地図を見せてきた。

「ここに映ってるのがこの道ね、ここにカメラがあるわ。ここから私はいつもこの裏道を通ってこの辺の家に帰るのよ」

 

「ふむ、確かにこのまま大通り沿いに帰ると結構なロスになるね、大凡プラス40分といったところかこれなら、僕も裏道でも近道の方がいいなぁ」

 

「そうでしょ。でもこの日の私はどこにも用事が無いのに遠回りをしている」

 

「確かに、不可解ではあるが……。たまには歩きたい気分になるなんてことも」

 

「ないわ。常に捜査だ調書だ何だと歩き回ってるのよ? 文献に齧り付き憶測に思いをはせる誰かさんとは違ってね」

 

「なんと、辛辣な……まぁ、確かに時間は有限だから皆時間は大事にしているだろうけど……」

その瞬間、僕の頭の中の霞が晴れた様な感覚に驚く。
頭の中にあったフィルターが一枚取り除かれたかのような感覚。

 

「感じた様ね」

 

彼女が誇らしげにこちらを見つつ安堵しているのが見て取れる。

 

そして僕はもう一度その映像に目を向ける。

――頭に電撃が走る。

この裏道は裏道とは言え近くの家の人からすれば主要な大通りより使われる、
道も整備され街灯もある。そして何より人通りがそこそこ多い道だ。
それこそ2~3時間もの間カメラを映し続けたのなら少なくとも数十人前後はここを通るはずだ。

「いない、誰もいない。被害者がこの道に入ってから他にこの道に入っていく人が一人も……いない。まるでそこに道なんてない何の様に自然と通り過ぎる……、そんな馬鹿な。そしてこんな異様な光景に最初に見ても疑問を抱かなかった自分、明らかにおかしい」

 

「そう、一度認識すると途てもおかしい状況の映像。同じ時間んでその後取ったカメラは数人から数十人の行き来があった、唯一被害者が入ったこの日だけおかしな現象が起きている。そしてそれに誰も疑問を抱かない、疑問を抱かなければ誰も調べようとはしない。調査資料として取り上げてもらえない、唯一の綻びも影に消える。その前に私以外の人間に気づいてもらえれば捜査は続けられる。私は、真実が知りたいだけ、犠牲になった被害者達の気持ちを汲み取ってあげたい。誰にも知られずにいるのはつらいだろうから……」

そう語る彼女の面持ちには深い悲しみの色が浮かんでいた。
「あなたが気付かなければもう諦めていた所だけど、気付いてくれたみたいだし……。何より今のあなた……すっごくワクワクしてるし」

言われて気付いた。
今の僕はとてもワクワクしている、
様々な文献に出てきたアレが今まさに自分自身の身に起きた。
実際に体験したのだ、
これで怖気づくようでは研究員など辞めてしまえと思える程に鼓動が早く高鳴っている。


僕は彼女に任せてほしい旨を伝え一人黙々と調べ始めた。

世界の一部地域や限られた場所には、
世界――つまりは地球にとって大事な部分が存在しているという説がある。
ある種の人は神々に纏わる神聖な土地である故に決められた時期か人のみが踏み入れられるとか、一切の立ち入りを禁止していたりとそういった場所を神域と称し崇め奉ることもある。将又、別の種の人たちからすれば立ち入れば忽ち不運・厄災に見舞われる為に自己責任で立入りを制限していたり、厄災の影響が近隣に出るとされるところではそれこそ禁促地とされていることもある。

しかしながら、総じてそういった物には長い歴史が関係されていたり、遥か昔の事象が元になっていたりで長期間の管理の末の結果であることが多い。
今回のこの事件の裏道に関しては何の変哲もない道でしかない、嘗て古には何かあったにせよそれならこんな不定期なタイミングで起きる事なんて途ても稀だ。
この地の過去の記録を漁ってもそれらしいものは出てこなかった。
道になる前は田んぼが広大に広がるだけ。
この地で小競り合いがあったのは確かだがいずれも本件とは関係が希薄すぎると判断する。

色々な過去の文献と僕の持ち得る知識を動員して一つの可能性へと行きついた。
恐らく、僕以外の人ではこの回答に行き着いた場合
己の馬鹿さ加減に笑いながら冷静になってまた一から考え直すことだろう。
しかし、僕は違う。
僕の打ち出した結果は例え僕以外の総てが否定しても僕だけは信じてあげなければならない。
どこからどのような考え方であっても到達せし答えは一つだから。
不可能は可能ではないこと。
しかし、この世の真理にでも触れた者でもなければその判断は己で下してはいけない。

不可能の先に可能にする手口があった場合、不可能と決め道をそれた瞬間にその者の追い求める真実には到達できなくなるからだ。
不可能を視野に入れ考えるのだから不可能な結果に近づくのも当たり前。
自分にないものを持った相手の関わった事象ならそれを想像するのもまた不可能の一つ。
憶測や予想・検証や創造等は無いものを組み立て考える事端からできないと判断すればそこから先には進めない。
だからこそ、先にも言った様に僕は僕の導き出した可能性に不可能は突きつけない。
導き出した可能性に多少の矛盾があったとしてもそれはその矛盾を貫くだけの知識、力が無かった自分の可能性を意味する。
【不可能】なのではなく、今一つ自分に答えにたどり着く何かが足りなかった。
ならばその足りない何かを見つけるまで。求めることで手繰り寄せる。
だから、僕はこの仮説を提唱する。

 

【非物理的空間分離概念技能:通称人払い】

 

様々な伝承や伝説に登場する、
古くは人より優れた存在である山に棲む龍や森に棲む妖精が行使できたとされている。
自分の世界(領地)等から外界を隔絶し、安易に攻め込まれたり、
そもそもの侵入を防いだりする為に用いられていた。
龍であればその巣の中に希少な鉱石や宝石を溜め込み果ては龍そのものの皮や爪牙、
鮮血から竜骨に生き胆と竜玉まで人間にとって薬の材料になるとされたり装飾品に家に飾る置物まであらゆるものに利用価値があるとされ、最終的にはその存在を殺すことに意味を見出すこともあったという。
高い知性のある龍は人の言う神に最も近しい存在であり、
争いを好まなかったとされる。
故に、人の立ち入らぬ巨峰に住処を持ったり程深い谷に棲んだりと人との生活圏が異なっていたが欲の際限のないものは手に入らぬものを欲しその対価と名誉により人が動き龍の領域に進行する、そのため龍は人々に認知できない空間でその住処を覆い人々を遠ざけたと言う。

妖精であれば、森に棲む自然の管理者であるとされ、
森の中の生態系からその秩序を保つため個々に固有の姿をしている。
掌に乗る少女の様な見た目でその実性別的特徴は無くの羽の生えた姿や光の集合体であったり、そしてその殆どが一つの自然に複数の妖精で生きており、自然の恵みや自然界にあるエネルギーで生きている。
その姿が美しく綺麗で愛らしい為に愛玩用にと捕らえられたり、
これもまた霊薬の素材として扱われたり自然を維持するチカラを手に入れるべく住処である森に立ち入ろうとする。
そうして立ち入った者は行きがけの駄賃と称して悪戯に動植物を摘み持ち帰り、図らずともその調和を乱してしまい妖精の怒りを買う。
そのため森の奥深く妖精の住処に触れないように迷わせ来た道を帰らせる様に空間を歪めるようにし、近づく者には悪戯をするようになったと言う。

 

そして、長い研鑽と修行を重ねることによりそれは人にもできたという記述もある。

それが隠者と聖者。
隠者は俗世を捨てて自然に隠れて生きる者、
その姿を隠すために人が寄り付かない場所を探す必要があった。
しかし、そんな優れた場所があれば元より人より優れた龍や妖精がわざわざ術を掛ける事もないわけだ。
故にその隠者も住まいを転々としながらその方法を導き出したと言われている、
様々な伝承の中には龍に学んだ者や妖精と恋した者等色んな話が残っている。
聖者、については人が言う神(仏)たる存在からお言葉を賜るにつき、
有象無象が散らばっていては崇高な御方が誰の何が願いなのか解らないだろうと考え、御方がききやすいよう雑音を避け一対一でやり取りすべく神より受けた恩恵だとか信仰にあたり身に着けたとか様々な伝承が残っている。

 

これらは自然より見出したものでは無い為に次期時間制限の総てを担い手の意志により
行使できる。

 

こういった超常的能力が働いてるとしたら、まずその証拠を掴むことは不可能だろう。

 

そして、この仮説を元に事件が起こった地域で未だ同一被害者が出ていない裏道をリストアップしていく。

恐らくこういった技能は何らかを消費して行使していると考えられる。
その場合は元から人が多い所で使うよりも、
最初から人通りが少ない方が行使が楽になるか、
少なくとも何らかの条件がある場合そのクリアが楽になるのではないかと推測する。

その考察を元に現場にも何度か赴いてみた。
1mも無い所、大凡1mの所、1m以上の所特筆すべき点はなさそうに思えた、しかし。
細かな引っ掛かりが僕の目に留まる。
裏道の端から端までの間でどこか一つか二つの街灯が内側から破裂してる事、
老朽化にしては思い切り弾けているのは人為的な意図を感じられる。

この後も様々な考察を繰り返し時間をかけて調べていった。
最初にも書いたが細かいところは後程書き直すとしよう、僕は筆不精だからね。

研究中のメモが膨大すぎて書ききれないや……。

 

 ――約三か月の奮闘の末、僕は真相の一部に近づくことができた。

被害者が見つかった事件現場、被害者の精神の状態、亡くなられた被害者の状態。
更には、世間で最近出回っている夜間の奇妙な出来事等どんな細かい情報もすべて広い一つのピースに当てはめていく。奇妙な出来事の例を挙げるとすれば、

・夜中にコンビニにケーキを買いに行った帰り、
背後から粘っこい音と生暖かい吐息の様なもを首筋に感じ振り返ると何もいなかった

・夜中から明け方にかけて顔面を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして笑いを堪えながら歩いている人を見かけた様な気がした、悪夢だった

・夜にどこかから豚の悲鳴の様な声が聞こえて途ても怖くなった、悪夢を見てただけかもしれない

等の証言が得られた。
一つ目の証言者は皆女性であり、二つ目は意外と多くの人が記憶していた。
最初は皆、夢の話だと語っていた。
三つ目はかなり稀で沢山聞きまわって答えたのは3人だけ、
同じ日の同じ時間に起きていた人達だ、これらも皆悪夢だと語っていた。

仮に夢であっても同時期、同時刻に似た様な悪夢を見ることの方が珍しい。
何かしらの精神作用があるとみてしかるべきだ。
上記の噂は狂気乱豚(きょうきらんブー)としてキモがられているようだ。

 

そして、この時私はまた別の奇妙な出来事の情報を得ていた。
先程までの不可解なものと異なり、こちらは大分面白い。

・外のちょっと高いとこで作業してたら日が暮れちまって足元がお留守になってな。
焦ったのがまずかった、脚立がグラついてな。やっちまった!と思ったら真っ黒なフードで顔を隠した見るからに怪しい奴が長げぇ杖で脚立を支えててな。
慌てて脚立から降りてよぉ、すまねぇ助かったって振り返ったらもうなんも居ねぇのよ。ありゃ神隠しのたぐいだなぁ。

 

・夜道でさぁ、スマホ見ながら歩いてたらいきなり持ってたスマホが何かに弾かれて……。なんだと思って前見たら真っ黒なフードの奴が杖を振った状態だったんだよ、確かに歩きスマホは禁止されてっから悪りぃとは思ったけど……。
そこまでする必要はねぇだろって思ってさぁ。「何しやがる」って叫んだら、
そいつがいきなりその杖で俺の事小突いてきて突然だったから後ろによろけちまって。
頭にきて立ち上がって前見た瞬間に、人ひとり分先にさぁ上から音もなく鉄骨片がスゲー音して落ちてきて、俺がアワアワしてたら向かいに居たフードの奴が杖を片手に鉄骨片を歩きながら俺の前まで来て。スマホを差し出してきてよぉ、俺がスマホを確認して俺のだって思って前を向いたらもう誰もいなかったんだよ。そのあとは騒ぎを聞きつけた人たちが沢山来て対応してたけどその中にそれっぽい人、いなかったんだ。お礼だけでも言えたらよかったのになぁ。

 

・ウチ等女子会した帰りでさ……。
女数人で歩いてたら数人の男グループ見たいなのに絡まれてはぁ、
サイテーついてないわぁって思ってたわけ。
最初は穏便に断ってたんだけど、なかなかしぶとくて結構ヤバめだったから周りの人に助けて―って言ったの。
周りもそこそこの人が居て近くの何人かは無視して行ったんだけど、一人だけ大学生っぽいシャキっとした人が間に入ろうとしたの。
そして、声をかけるより前にいきなり絡んでたグループの男の中で偉そうなやつが仲裁学生をボコボコにし始めたの。一人二人増えてって、「あぁ~あお前らが素直についてこないから尊い犠牲が出ちまったよぉ」っていったの。そしてウチの友達の髪引っ張って「来いよ、一緒に来いよ。来るよなぁ? 」って脅迫してて……、
マジで怖くなって何もできなくて周囲の人も足早に去って逃げるしで。
そんな状況でも仲裁学生君がまだ「それくらいにしとけ、じゃないとお前たちも奴に狙われるぞ」ってグループ連中を睨んでいたの。奴って誰?って私も思った。
警察かなとか期待しそうになって、グループの連中が周りを見渡して誰も来ないのを確認してから笑い出して更に髪を引き上げたの。
友達が苦しそうに呻いて、それを見てウチが耐えられなくって、
無理だとわかってても仲裁学生君に助けてって言っちゃたの、
そしたら彼が「俺は監視されてるっぽいからな、来るさ。絶対……ほら、奴も……大分御怒りみたいだぜ」って言って見上げてたの。グループの連中が「あぁん?」ってつられて上を向くよりも前に、
そこには髪を掴まれていたはずのウチの友達を抱える黒いローブの怪しいのが居たの。
強張るウチと同じ状態の女の子たちに抱えてた友達を預けて、
仲裁学生君の元に歩いて行って彼を見下ろしていたの、
「ぁんだよ?こっちは手ぇ出してねぇよ。全部あんたに押し付けてやるためになぁ……」って言って肩とか首をポキポキしながら去っていったのよ。それを見ていたグループ連中が後を追おうとした時、
キーンって小気味良い音が響いて皆、そっちを見たの。
黒いローブが杖を地面につけた音だった。そこからはもうすごかったわ。
グループ連中が偉そうなのと一斉に黒いローブに襲い掛かったんだけどコテンパンに倒されて気を失って、私も唖然としていた。
気が付いたら仲裁学生君が巡回の警察を連れてきて後処理をしてたの。
後から聞いたら、仲裁学生君も前までヤンチャしてて黒いローブにギッタンギッタンにされたらしいの。でも彼が言ってたのはどんなにギッタンギッタンにされてもみんな軽傷以下なんだって。
めったに現れないけど助けが必要な人の前には人知れず現れるかもしれないって言ってた。ちなみに仲裁学生君は彼女持ちだって、残念。

 

と、取り合えず聞いたまんままとめてみたが。
一つ目はとっても些細なもの。
二つ目は結構大きなニュースになったが彼の話は気が動転しておかしな話をしてしまったと言う扱いになってしまった。しかし、
三つ目のそれが大きく取り上げられたために複数の人がその黒い怪しい奴を目撃している為に法螺話では扱いきれなくなった。
その後も、似通った出来事が続きこちらも多少噂されるようになった。
この黒くて怪しい奴だが、世間では評価が二分されているらしい。
呼び方も人それぞれで様々なようだ。
夜のみに目撃証言があったため、ここでは仮に夜の王【夜王】と称することにする。

そして私はその後も調査を進めていった。
追い求める答えは常に日常に紛れている、そのチャンスを僕は見逃さなかった。

 

その日はいつも通り聞き込みを終えて外を歩いていた時、だった。

 

ンンンンンンギャァアァァ……

 

大凡日常では聞く事の無い異音が耳に留まる。
周囲の人を見回しても皆、顔色一つ変えずに過ごしている。
僕は、近くにいたおじさんにそれとなく聞いてみたが、答えはNoだ。

「何も聞こえないが?聞こえてくるのは人の会話の雑音と店から漏れ出るBGMだけ、物騒な世の中になっても目に見える世界は何らかわらんねぇ」

それを聞き僕は確信した。

今のは恐らく、皆には聞こえてはいない。
術中の中にいる彼らにはフィルターが作用しているのだろう。

僕は既に知人である彼女のおかげて術中の外にある。
つまり、今の僕ならその場所を知る事ができると言うこと。

真実を求めるには危険が伴う。
しかし、その危険が高ければ高いほどその真実には大きな意味が生まれ価値が付く。

故に僕は顧みない。
動かず後悔するよりも、行動の果てに失敗した方がまだましだ。
例えそれが自身の死であっても。
導き出した答えが手元にあっても、
その追い求める答えを逃し腐らせてしまった事実の方が僕にとっては最もつらい。
好奇心猫を殺すと言うけれども、
好奇心を失った研究者は研究者のままではいられない。
どうせ死ぬなら僕は研究者として、研究者のまま死にたい。
追い求めた先に何があったとしても……。

僕は、何時に無く集中した。
人ごみの雑音も何も聞こえなくなるぐらいに。異音のした方へと足を向ける。
人の流れを見て、知る。歪な部分を探るように……
駅から出た人が大通りへ抜ける。
大通りを行く人たちが四方へと別れていく……
老若男女様々な人たちが小道に逸れて行く、若い男二人組は右の小道に、
仲の良さげなご夫婦は左の小道に……

ふと、僕の視線は一匹の猫に向けられる。

道の傍らで裏道の前で訝し気に見つめている。

まるで入るなと言われたかの様に……
僕はその裏道に近づいてゆく。

 

ゾクリと悪寒が背筋を這った、恐らくこれが人を遠ざけていた技能の正体だろう。

思わず避けたくなるような不快感、
吐きたくなるような気分を堪えて僕はその裏道の奥へと足を踏み入れた。
一歩が途轍もなく重く険しい。しかし、片足が道に入り靴底が地面と接触した瞬間に今までの不快が嘘の様に消え去った。
僕は奴らが居るであろうそちら側に足を踏み入れたのだ。
もう後戻りはできない、する気もない。

僕はただただ前へと進んでいく、おかしい。
さっきの大通りの脇道なのに明らかに光が足りない。
先程までの極度の集中力は既に切れている、僅かに気を張り詰めているのだがそれにしても何の音もなく不気味なくらい静かだ。

空間の把握も難しくは無いのに何故かどれ程歩き、どれだけ経ったか見当もつかない。
通常より僅かに疲労が激しい。
すると奥から声が聞こえてくる、野太く篭った声だった。
何かに語り掛けているようだった。

そして僕はついに真実を手繰り寄せることができたと実感した。

2mか3mか解らないけれどそれくらい大きく歪な大漢とキラッキラに輝くフルフェイスを被った全身が黒い服の男。
頭のフルフェイスは恐らく南瓜なのだろうか?
そんなことを思いながら眺めていると南瓜頭の後ろで黒い布が被さった女性を見つけた。
恐らく今回の犠牲者なのだろう、状況を鑑みる。
自分の持っている情報とすり合わせる。

南瓜頭は恐らく件の夜王であると推察される。
あの大漢は大凡人間を辞め掛けているが未だ知性があるようだ。
あの大漢が、かの事件の根源なのだろうか……
だとすれば仮に乱豚(らんブー)とでも呼ぼうか。

自身の思考に囚われているうちに双方の途方もない激戦が繰り広げられていた。

拳を振り翳す乱豚とステッキを巧みに使う夜王、怒涛の剛撃に防戦一方の夜王。

戦闘知識皆無な僕からすればどちらが有利なのかどうかすらわからない。

白熱した攻防を目の当たりにし、唯々状況を見守る事しかできない。
被害者の女性を助け出せるスペックが無いのは申し訳ないが理解してほしい。

今起きている詳細をメモに書き写そうと息を殺しペンを取ろうとしたその時。

 

とんでもない一撃に夜王のステッキが弾かれる!

 

ギャィンッという金属音と共に物陰に隠れる僕の前に突き刺さる。
その地面はコンクリートで舗装されていると言うのに……。
摩擦も抵抗も感じさせずにまるで豆腐に刺さる箸の様に滑らかに深々と突き立っている。

僕はペンを手にすることも忘れその先の両者の行く末に見入っていた。

人体構造上不可能なほどの形状変化をする乱豚、
どういった原理なのか秘めたる好奇心が探求的衝動を刺激する。
しかし、ここは生死に関わるところ。
成すすべなく死に堪えるならば未だしも活路があるならばむざむざとその生を捨てる気はない。
激しい攻防が更にその制度を激しくする。
最早僕にはその攻撃の動作が見えない程に。
間違っても巻き込まれる事の無いように、唯その光景に息を呑む。
この僕では、
恐らく掠っただけで接触部分が飛び散ってしまうだろう攻撃を繰り返す乱豚。
そして、避ける動きですら見失ってしまう夜王。

僕が見つかれば夜王にとっての負担になりかねない。
あの夜王が強者であることは知っているつもりだが、
どれ程のポテンシャルを秘めていたとしても邪魔なものは少ないに越したことはない。
今は、自分が見つかることなく多くの情報を持ち帰ることが自分にできる唯一の使命なのだ。
知人である彼女の頼みではあったけれど、
それ以上に今の自分がその使命を全うしたいと思っているのだから。

最小限の動きで躱す夜王に対し乱豚は怒涛の剛撃を辞め素早く鋭い手数の攻撃に変わっていった。

どっちにしろ、僕に掠れば即ミンチだ。
想像するだけで体中が痛む。

 

そんな想像をしながら、僕はどこか楽観していた。

双方の戦闘が物理であったためにどこか現実味を覚えていたのだ。
薄暗い世界でそれは唐突に現実味を失った。

乱豚の剛腕がブクブクと膨れやがて収束する。

轟轟と音を立てていた一撃が夜王の眼前に迫る前で風切り音へと変わる。
拳が開き、鋭利な抜き手が夜王に迫る。
今までの鈍重な一撃必殺が一変し、鋭敏かつ最小限の動きで急所を貫かんとする攻撃になる。
巨体だった乱豚がその姿に変化が訪れる。
攻撃を繰り返すたびに腕は長く細く膨れ上がっていた巨躯はバケモノじみた大きさから、少々大きな一般男性サイズへと縮小する。

そして僕は驚愕した。……いや、それを通り越して、絶句した。

乱豚の背面、僕の方から見た乱豚の背中に幾つもの小さな顔がポコポコと浮かび上がったのだ。
その顔は、くっきりしたものでは無く丸の膨らみに三つの窪みが開いただけのもの、
小さな窪み二つと大きな窪み一つで構成されたそれの大きな窪みがパクパクしてなければ唯の凹凸にしか思わなかっただろう。
しかし、その顔の一つ一つがころころと表情が変わっているシミュラクラ現象も蠢いてしまえば最早否定できない。
無限に変わる表情とは裏腹に浮かび上がるその顔の目にあたる窪みには何の感情もない。
じっとこちらを見つめる無数の小顔達。
なんでも受け入れる心構えをしていた僕でも震えが止まらなくなったと言えばどれ程のものか想像がつくだろう。
なんて言ってみたが、想像なんてできないだろう。
人間にとって恐怖は最も差異の大きい感情であり、精神力では抑えられない感情の一つだからだ。


恐怖心を失えば命を落とすともいわれているのだから。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
それくらい、怖かったのだと理解してさえもらえれば、
この記述を残した甲斐があったというものだ。

そんな恐怖に見つめられながら僕は目を逸らすように夜王へと目を向けた。
恐怖により思考が纏まっていないままに見た夜王の姿だったが、不意に夜王の揺らめく瞳と目が合った気がした。

 

やってしまった、僕は別な意味で顔面蒼白してしまった。
あれほど息を殺して潜んでいたのに、恐怖と興奮の余り頭を僅かに出しすぎた。
そのせいで夜王の注意が一瞬でも僕に向いてしまったのだ……
どれだけ戦いに不慣れな僕でもこれだけはわかる、
あの乱豚の一撃から今、このタイミングで目を離してしまうのは致命的だろう。
目を瞑ることも逸らすこともできず、その瞬間を無念な面持ちで見つめていた。

 

夜王が動かない。

 

今まで如何なる攻撃でも最小限の構えはしていたのに、
構えを取る事すらせず乱豚を見据える。
やがて乱豚の一撃が迫る瞬間、夜王は乱豚から目を離し天にどよめく雲を仰いだ。

 

乱豚の鋭敏なる一撃が夜王の胸を貫いた!

 

その刹那、夜王の姿が弾け飛んだ……

 

黒い靄の様な破片が飛び散る。

雲が切れその間から、眩しいくらいの月明かりが差し込む。
パラパラと舞い落ちる夜王の残骸を淡く照らす。

 

乱豚が空に舞う破片と、鋭く尖った手先に着いた夜王の破片を振り払った。

「ンフフッお待たせぇ、待たぁあ?」

 

そう問いかけながら、牛歩の歩みで布に包まる女性に近づいてゆく。

乱豚の身体がまたしてもブクブクボコボコと脈動を繰り返し、女性へと近付いていく。

 

「ンフフフフファファフアァアアハハハハ、安心したまえ。先の一撃、確りと手ごたえがあった。そちらは見えていなかっただろうが、こちらからは確とあの野菜が弾けるのが見えたのだ、もう私を邪魔する者はいまい」

かの声の恐怖に震える足に無言の激励をし、
再び気を失った女性の元へと駆け出そうとする。

 

僕の気持ち的には駆け出していたんだ。

 

けど、結果だけ見れば、僕の足は一歩たりとも動いてなかったけれどね。

 

動かない足を無視し、乱豚を見る。またしても背面の虚顔と目が合う。
恐怖に感覚が鈍り冷静になる、
あの顔の目に映ってしまった以上気付かれているのではなかろうか?

そんな、今更な疑問を余所に目の前にスッと黒い影が差しだされ、
未だ動かぬ足に入った力を霧散させる。

地に刺さるステッキを抜き放ち、僕の行く手をその手で遮る。

思考の波に追い付けず視界がグワついた。

 

そこには、無傷の夜王が立っていた。

移動の音も、動きの気配も何も感じさせないままに猛烈な存在感を解放した。

激しい炎に包まれるかの様な感覚でありながら、水中の様な浮遊感しか感じられない。

気が付けば夜王の手元には外套に包まれた気を失った女性が横たわっていた。
その女性を僕に渡し夜王は音もなく進み出る。

 

突如、反応が消えた女性に違和感を感じたのか乱豚が目の前の外套をバサリと引っぺがす。

そこには何もいなかった、地に着くより先に投げられた外套が月光に消える。

木漏れ日程度の月光が、今ではもう辺りを照らしている。

 

夜王が乱豚の背後に立ったと同時に乱豚が振り向き激昂する。

 

何者なのだぁ‼‼‼‼ バケモノめぇっ!確実に心臓を貫いた感覚もあったのだ。姿なく移動し、気配無くその女を移動させる。新人類とて限度というものがあるだろう。最早そちらのそれは超人の範疇を超えているではないかぁ。黙して語らぬ、野菜にんギョうがぁああああっ!! なぜ今になってこらの邪魔をする、何故かつて望んだ時に助けてはくれなかった。そちらの行いは唯単なる偽善でしかないのだぞ?なぜこちらなのだ、こちらの他にも同罪の者どもはそこいらニオるではないかぁ……なのに、なぜ……なのだ……

 

「「……、……」」

 

行き場のない思いを叫ぶ乱豚と終始無言の夜王の沈黙が重なり合う。

 

ndぇjrjfkヴsgふぉlごgぉぉぉおおおおおお!

 

憤怒に染まる乱豚が言葉にならない叫びと共に、
嘗て無いほどの一撃を両腕の連撃を放った。


ゆっくりとそして滑らかにステッキを振り上げて……

無駄のない所作にて振り上げた腕を……

……振り下ろす!

 

……ッス……パッ。

 

銀色のステッキが二筋の銀閃を空に描く……

 

「……っが……あぁ……」

 

ドズゥンと重々しい音と共に乱豚の肩より先の両腕が地に落ちる。
未だ地表で蠢く肉塊は不気味な瘴気の様なものを放ち干乾びていく。

空を漂う瘴気が乱豚に纏わりつき、背面の虚顔の口へと吸い込まれる。


だ?なンナんだ?からが……、イタみが……。おが……


乱豚の野太く篭った声に、
聴きなれない雑音が混ざって殊更聞きづらさに拍車がかかる。


そこに、聞き覚えの無い音が言葉になって頭に響く。

(今更だな、愚かなことだ。自身の置かれている状況に何一つ気付かなんざとは……)


周囲を一瞥し音の出所を探す。
しかし、この音は頭の中で反響している様で周囲からは聞こえなかった。

 

「そちラ、喋ノデスか?……いシャベるというヨリ……語ケル……か?ツマリ念話か?」

 

(フンッ、そんなことは如何でもいい。今の其方の状況を知るがよい、愚か者めが)

 

目の前で繰り広げられる噛み合わぬ会話と理解に苦しむ頭に響く声

 

確かに、あのフルフェイスでは通常では喋れないだろうなどと現実逃避を挟みつつその成り行きを影から見守る。

そんな中、ボコボコと繰り返していた脈動がビクビクっと痙攣する。すると、
背面にあった虚顔が体中に無数に生まれては消え、消えては浮かび上がる……。

 

声も無くもがき苦しむ乱豚の頭と首が胴へと埋まる、
いや正確には胴体が肥大している感じか。

下半身はそのままに、
歪みに歪んだその身は既に肉塊に足が生えた顔だらけの達磨だった。

 

僕はこの事件がここまで到達するとは思わなかった、
まさかあの一歩が本当にこんなところに繋がっていたとは……

 

僕は上っ面な覚悟を捨て、真なる覚悟を心に誓った。
恐らくこれはまだ序の口だろう、これより先は想像だにしない世界。

僕の様な非力な凡夫では瞬殺されるだろう、
ならば悔いの残らぬ振る舞いをし続けるべきだ。

そうして僕は気を失った女性を離れた所に寝かし、ペンを力強く握りしめた。
未だ意志を持つ肉達磨に成り果てた狂気乱豚と掴み処のない南瓜頭の夜王の元に歩み寄っていくのであった。

先は動かぬ両足も、今では跳ねる様に前へと進む。

願わくば、この書き連ねてるメモを完璧なるレポートに落とし込み僕の見た全てを後の誰かに知らせたい。知人で依頼人の彼女は勿論、
それ以外の志を同じくする同志諸君へと……

 

 

 

なんて当時は思っていたよ。
勿論このレポートがここにある以上僕は生き残ったよ。
まぁ、無事かどうかはわからないけどね。