iDoRuGiの小説黙示録

オリジナル小説を作成中につき、興味があったら気軽に見て欲しいのである!!

3.夜に黒く、月影に瞬く

彼女は感じた温もりを探すも、混沌に蝕まれたままでは焦点すら定まらない。
感覚だけが頼りだった彼女の意識が唐突に覚醒する。

 

(其方のコトバ、僭越ながら此方が確と受け止めた。然らば、万事任せるがよい)

 

今までの、汚らしい話し方と異なる優しく堂々たる強い声。

耳からではなく深層心理、心に語り掛けてくる音。
彼女の虚ろな視界が、僅かに蘇った意識を持って眼前に据えられる。

 

そこには、眼窩の奥から淡い灯火を揺らめかし、
不思議な煌めきを纏う南瓜が外套を羽織り、ゆらゆらりと歩み寄りつつあった。

暗闇の中で黒き外套に身を包み、
それでいて月の光を纏うかの様にくっきりとその姿が目に映える。

通常ならば黒く塗り潰され、暗闇と黒き外套の境界すら曖昧で、
到底見分け等つかないはずの不可解な光景。

大凡、人ではない異様な見た目に普段なら並々ならぬ警戒を示しただろう。しかし、
その見た目は正にファンタジーの住人そのままであった。

南瓜に目と口であろう窪みがあり、
彼の有名な【ジャック・オー・ランタン】を連想させる。

唯一異なるとすれば、植物ではなさそうな白とも黒ともつかない輝きを持つ銀の煌きを放つ南瓜の様な頭部であろう。

その全貌は紳士の如く細やかであり、尚且つ強大な存在感を放ちこちらに歩みよる。

 

ンンンンンンギャァァァァアァアアア…… 

何なのだね? こちらの邪魔をする愚劣極まる矮小なる者はぁ!!
どうやって、ここに入ってこれたのかねぇ。
ふざけた仮面なんぞ張り付けおってからにぃ!?」

 

吹き飛び遠くから戻りつつ喚き散らす漢に対して一瞥もせず、
南瓜面の紳士が手を振ると、体の硬直が嘘の様に消え失せた。

まるで見えない何かが弾け飛んだかの様に。

 

身体の自由を得られた彼女だったが、心神以上にその体も瀕していた。
アドレナリンのせいなのか。
将又、軽い錯乱による影響なのか、力が入らないだけで激痛はなく。
その場で座り込んでしまう。

 

(其方はそこで暫し待ちなさい。すぐに済ませる故)

 

南瓜紳士がそう語り掛けると同時に羽織っていた外套を彼女にかけた。

外套の下にはビシッと決めたスーツにも燕尾服にも似つかぬキッチリとした服を着て、その手には白い手袋を嵌めていた。
一片の肌の露出が無い為か、一層人間味が感じられない。

ギャイギャイと騒ぐ漢を尻目に南瓜紳士が佇まいを整えた。
漢を正眼に抑え、油断なく向き合う。

 

「ンフフ…… だんまりですか? そちらが何方かは知りませんが、
そんなことは粗末なこと。
こちらの縛手を打ち破ったことでそちらも異常者であるということは確実、
ですが不意打ちにはしてやられましたが。
もう、同じ手はくいませんよ、えぇ、はい。」

その瞬間漢の雰囲気が変わった。
ぬるぬる纏わりつく様な気配が重くのしかかる様な感覚へと。

 

「…… 一つ聞こう。おぬし、今回が初犯ではないな」

 

「フン? だったら何だというのですか。
こちらは人より数段優れた新人類なのですよ!
下等なゴミどもを無駄にせずに輝かせてやっているのです。
無駄に死ぬならこちらの糧になっていただいた方がこの世のためでしょう」

 

漢がニヤニヤしながら戯言を口にする。
それを静かに聞く南瓜紳士。


「…… 」

 

それに気をよくした漢が更に言葉を重ねようとした瞬間、
周囲の雰囲気が変わったことに漢は気付いた。

 

眼窩の中の淡い揺らめきが左右に強くなる。

暖かな橙色がギュッと濃くなり黒紫へと変わっていく。

纏うオーラも、まったりしたものから鋭く張り詰めたものへと変わってゆく。

 

そんなオーラにビビったのか鬼気迫る表情に球の汗を浮かばせながら不可視の力を伴って漢が駆け出した。

 

「ンファ!! なんのつもりか知りませんがこちら、

そちらと話すことなんてないのですよぉ!!」
言葉と共に漢が拳を振り上げる、南瓜紳士が最小限の動きで後ろに避ける。南瓜紳士が居た場所には二回りほど体が膨れ上がった大漢が拳を下ろしていた。轟音と共に地に亀裂が入り、砕けた破片が四方に飛んで行く。

キーンと甲高い金属音が響く、大漢の拳から亀裂を辿るようにして破片が規則的に南瓜紳士へと飛んでいく。

 

「フンフンフンフン!! どうなされたぁ、屑野菜殿ぉ?

その杖が無ければ歩けないのかね、ムフン」


大漢が破片を飛ばしつつ、更に拳を打ち付ける。
南瓜紳士がいつの間にか手に持っていたステッキで破片を弾きながら
大漢の拳を避けつつ隙を見てはそのステッキで拳に一撃を入れている。
しかし元の膂力が違うためか、
大漢の拳の連撃により南瓜紳士のステッキが後方に弾かれる。

 

ここぞとばかりに拳をひねった大漢の一撃にステッキが手から離れる。

硬質なステッキが鋭い音を響かせ地に刺さる。

大漢越しにそのステッキに視線を向ける南瓜紳士。

 

その行為に対して大漢は憤慨する、
そして大漢の中の心の均衡が崩れだしたのかワーギャー騒ぎ始める。

 

「そちら、舐めているのですかぁ? 

先ほどから一切の攻撃がなく牽制のみで終いにはこちらから目を離すとはぁ‼
ぐのぉうぅぅ、なんなんだぁああああああぁぁ
どいつもこいつも、こちらを馬鹿にして。真剣に相手の為人を見ようとしなぁい、
母も父も誰一人こちらを見ない。

 自分たちの望んだ能力が無いと分かれば直ぐに用無しとして放る。
あれらが見ていたのはこちらではない、
あれらにとって有用か否かの取捨選択でしかなかったのだ……
そしてこちらはお眼鏡に敵うスペックを持ち合わせてなかった。
それでも幼かったこちらは周りの睦まじい家庭を見て家屋の間には
無条件で与えられる愛があると思っていた。

誰もが信じるだるぅお? 無償の愛と言う魔法の言葉があると…… 
だが、そんなものはまやかしだった。」

 

会話というよりも、最早それは独白だった。
嘆き、叫び、語りながらも剛腕を振り回し、地を抉る。
その猛攻は南瓜紳士を瞬きも逃さない。

語り続けてながらもその動きには無駄がない、
語るより前の動きより洗練されている程に。

 

「…… ッ」


南瓜紳士は猛攻を裁きつつも返答は無い。

相槌も無いその反応に常人では聞いているのかすら分らないだろう。
しかし、大漢の独白は更に続く、拳を交えているが故の意志の繋がりか。
いや、恐らく違うだろう。

南瓜紳士は大漢の猛攻を往なし、裁き、受け止める。
どんなに激しい動きでも、その呼吸が乱れる事は無い。

だが、唯一南瓜に刻まれた眼窩の揺らめきは、
大漢の醜悪な姿を不自然な程に一切の瞬きも無く視界に捉えていた。

眼球の無い曖昧な輝きに瞬きの概念が存在するのかは知る由も無いが、
その眼窩の光球には何が映っているのか。
常人では想像もつかない世界が映し出されているのか、
将又何も映さぬ飾りの一つでしかないのか。

唯々、分かる事と言えば未だ声を漏らさぬ切り開かれた歪な口より、
数多くの言葉を含んでいる様な異様な輝きを放ち続けていることだけだ。

そんな、
なまじ話を聞いているのか怪しい南瓜紳士に向かって、
大漢は自らの思いをぶつけんばかりに剛腕を突き入れる。

右からの剛腕がブクブクと膨れやがて収束する。
轟轟と音を立てていた一撃が南瓜紳士の眼前に迫る前で風切り音へと変わる。

拳が開き、鋭利な抜き手が迫りくる。今までの鈍重な一撃必殺をやめ、
鋭敏に最小限の動きで急所を貫かんとする攻撃。

然しもの南瓜紳士とてこれは予想だにしない変化であったのだろうか、
一瞬の逡巡があったため回避に遅れた。

大漢はこれを狙っていたとばかりに歪な口元を更に歪める。
音にするならば「ニチャリ」を超えて「メキョッ」と言った感じだろう。

「ンフフフフンフヌフヌフ……
油断ぶっこいているからそうなるのです、

先ほどまでの不安定なチカラではない。
体内で荒れ狂う、
今までに得た力をこちらはついにモノにしたぁ‼ 

時間稼ぎのお喋りも最早必要ない。後は目障りな屑野菜、
そちらを処分してしまえば、
新たに得たこのチカラで新たな絶望の発露をこの手で
つみとるだけぇえええええ」

収縮したとは言え、常人にとっては今尚巨体な腕で繰り出されるその抜き手は、
大凡弾丸と同等かそれ以上の速さで迫っている。
武器で言えば凹凸の酷いパルチザンの様な腕、
ステッキがあれば幾らかやり様もあっただろうが、一見何も考えていない見た目に反し
狡猾な大漢はステッキと南瓜紳士の間に陣取っていた。
迫りくる一撃を見据え動かぬ南瓜の紳士。その視線が初めて、大漢から離れる。

南瓜紳士が天を仰ぐ。

 

 

外套を被せられた女性はいつの間にか意識を取り戻していた。

外套の中から目をのぞかせれば大漢と南瓜紳士が対面している所だった、
大漢の一撃は彼女には決して見えるものでは無かった。

しかし、南瓜紳士が何もせず立ち尽くし、
瞬き前まで南瓜紳士が居た場所には大漢の鋭利な一撃が降りぬかれていた。
地面は弾けることなく深々と突き刺さり、
引き抜いた腕を満足そうにウットリと見つめる大漢。

醜悪な容姿は何時しか凶悪に見える。女性は若干の震えを隠しながら息を呑む。
真暗だったはずの世界に、いつの間にか天からの月光が大漢の前に降り注ぐ。
まるで悲劇の舞台でも観ているかの様な引き込まれる感覚を覚える。
不意に大漢と目が合う。

 

ンフフッお待たせぇ、待たぁあ?」

 

始めて声をかけられたときの様な悪寒はあったが不思議と絶望は感じなかった。
ただ眠くはないのに瞼が重くなっていく感覚に抗えなくなっている。

大漢の身体がまたしてもブクブクボコボコと脈動しながら近付いてくる。

ンフフフフファファフアァアアハハハハ、安心したまえ。

先の一撃、確りと手ごたえがあった。そちらは見えていなかっただろうが、
こちらからは確とあの野菜が弾けるのが見えたのだ、もう私を邪魔する者はいまい」

大漢の声も遠くに思える程朦朧としつつ、女性は一抹の不安を抱いていた。

しかし、彼女が夢の中に沈む瀬戸際。
彼女の意識しないところで大漢の背後に何かの姿が映りこんだ。
彼女は夢現の中でそれが何だったのか理解し、安堵した。

 

彼女曰く
「夜の中でも黒く佇み、月明かりの下でも眩しく煌めく。その姿は正しく闇夜の主」

彼こそが「Dark Keeper」後の夜の番人と語られる噂の正体、都市伝説の一つ。

彼女の語った証言はここまでだ。